きれいねー!(日本) |
昨年の夏も終わりの頃だった。
気持ちよくて、
いつまでも泳いだり寝転がったりしていたかった。
でも、
夕方から散歩に来る人たちで、
浜辺に人が多くなっても、
泳ぐ人はだれもいない。
泳いでいたのは私たちだけ。
お盆過ぎたら泳いではいけないのよねきっと。
パリから来た友人は何の事やら。
ルンルン気分で泳いでいる。
私は日本人、
”服を着ている人たち”がどんどん増えて行く中で、
やはり女性としても、
たった一人水着姿でいることに恥ずかしさがあり砂浜へあがった。
地元の人は真昼を避け、
夕方近くなると砂浜へやってくるのだと知った。
どこの国でも同じだ。
気候に合わせた暮らし。
スペインなどは夕方から小さな子供が遊び始める。
日中は太陽を避けて影が出来る頃から広場に人が集まる。
瀬戸内海に面した町(海はすごそば)
に住んでいるのに、
山の彼方へ行きたくなる。
なぜ良い季節でもないのに日本海なのかって聞かれる。
真冬の日本海を見てから季節を問わなくなった。
冬の波の力強さに圧倒され感動する、
と言っても、
興味を抱く人はなし。(笑)
まして誘っても行こうという人などいない。
岸壁に”どどどー”と叩き付ける波。
防波堤から波の先端がちりぢりに飛んで行く。
岸壁の間から打ち寄せては飛沫をあげる波を見つめる。
からだが冷える。
飛沫が私の顔を濡らす。
なにかが私を捉え、
促されるまで動けない。
何なんだろう。
ただ、
見が引き締まるような感動を覚えた。
この穏やかな夏の海とはあまりにも対照的だ。
”優しさと厳しさ”
人間にとって本当は一番”必要なもの”
それは、
本気で叱ってくれる人と、
本気で抱きしめてくれる人。
大人が日々それを経験していると、
子供は叱られても、
抱きしめてももらえるんだということを学び、
安心を得る。
大人が子供に与えられるたいせつなもの。
日本海の荒れ狂う冬の海は、
人間に容赦ない厳しさをぶつけてくる。
この日本海は人の知らないところでこんなにも力強く主張しているんだ。
夏のあの人の溢れる時には穏やかで優しい日本海ーーー
あの荒れる海があるから、
夏の日本海はこんなにも穏やかで優しいんだ。
人は沢山の”優しさ”をもらって強くなる。
強くなると優しくできる。
優しさが強さを産み、
厳しさ(強さ)が優しさを育てる。
両面は切り離せないもの。
優しさを”持てる”人は、
苦しみのを消化してきた蓄積がある。
逃げないで乗り越えて来た実績もある。
大人も子供も、
”叱られて”人の心を知る。
内緒:心向き合って毅然と自分が主張するときそこにはためらいがない。
相手に訴える時にためらいがあると相手の心に傷を負わせやすくなる。
”ためらう”とはそこにはいろんな”思惑”が入り込んでいるということだから。
叱るには、”具体的”な言葉を持って、
心を相手に向け毅然とした態度で向き合うことが大切。
叱ることはただ相手を威圧することになってしまうから。